沖縄赤瓦屋根に登った守り神たち~しし(シーサー)~

 

 

何千年もの月日をかけて伝わった守り神たち、シーサー。

原点はエジプトのスフィンクスなのか?

シルクロードの長い道のりを超えて中国大陸・日本・沖縄に伝わったししたち。

沖縄のししのルールはさだかではない。

琉球大国時代、中国大陸との大貿易をしていた時代、この世に存在しない動物。身近ではライオン似の百獣の王を思わせる風格。

 

中国からの伝来なのか、日本列島からの言い伝えなのか、今でもししに似た神社のトリイの両端に狛犬が構えている姿が目に浮かぶ。

沖縄には18世紀~19世紀頃、まだ一般的で民間には現れていないしし(シーサー)が普及したのは、百年余りである。

首里城正殿には、ししではない龍の一対になって、あうんに並んでいる。

赤瓦の普及によって、ししは沖縄赤瓦の屋根の上から魔除け、世の中の風習やその家庭を見守るようになった。それも民間信仰によって考えられ、それ以前にはほとんどが、かやぶき屋根の暮らしをしていた、庶民。

 

 

 

伝来)

昔から中国大陸との間には、この世に幸福をもたらすニライ。海のかなたには楽園の土があり、信仰で伝われ、ニライ・カナイから潮に乗り、風に乗ってニライ神や様々なものが渡ってきた。ししも…。

 

カタチ)

さまざまな造形をし、今にも跳びかかりそうに身を低く構えたもの、正面を向くもの、横を振り向いたもの、後ろを振り返ったもの、玉を取るものや、寝そべったりしているもの、沖縄に赤瓦が建ち始めたころから屋根職人の棟梁によって名刺代わりに最後に作り上げたししである。その風顔、風格もその手がけた職人の特徴があるようです。

 

 

 

沖縄風景)

 沖縄の青い空と赤瓦屋根とのコラボは亜熱帯地方である地域だからこそなしえるものだと思います。強烈な太陽を全身に浴びながら屋根の上で懸命にししたちは毎年やってくる台風には勇壮に立ち向かい、住人の暮らしを守っている。赤瓦も時代の流れか、コンクリート造りによる家づくりの増加のせいか、今ではほとんど見かける事が少なくなっている。

 

今後)

ししたちはこれからも沖縄の信仰や風土を大切に社会の風習を見守り続けるであろう。

濱崎 幸夫